無縁社会
 
いよいよ師走。いろいろあった。今年はどんな年だったろうかとこの一年を振り返る人が多い季節です。そのなかで日本社会の現実を特徴づける「無縁社会」という言葉がメディアで頻繁に使われました。誰にもみとられずに孤独に死んだ人、連絡先も分からない死者が年間3万2千人もいたという数字の深刻さを問題視したNHKがテレビ、ラジオのさまざまな番組でキャンペーンしたことで、多くの人が改めてことの重大さに気がついたという経緯がありました。

日本の長い歴史の中で、多くの人が村落共同体として、家族や隣近所の一員として、義理人情のしがらみという多縁な人間関係を生きてきました。明治維新以降、西欧のような精神的に自立した個人の確立を目指し、戦後の高度経済成長の進展と共に、大家族から核家族へという奔流で血縁が薄くなり、仕事を求めて地方から大都会へという人口激流によって地縁が細くなるという大波が日本列島を洗いました。さらにバブル経済崩壊後の1990年代以降、終身雇用制度の崩壊で正社員が減り、職場仲間という社縁も往年のぬくもりがなくなりました。精神的に自立した個が確立する前に、物理的に孤独になってしまった日本人が多かったようです。

さまざまな要因が絡んでいて事情は複雑です。少子高齢社会となり、晩婚・未婚・非婚が増え、派遣労働者・フリーター・ニート・不登校児童・引きこもりの若者が急増し、うつ病・うつ症状を訴える老若男女があふれ、年間自殺者が12年連続で3万人以上もいる。親子殺し・児童虐待が頻発する、高齢の親の死を隠して親の年金をもらい続ける高齢者所在不明事件が各地で発覚した・・・・・・いやはや世も末じゃとの嘆きがあちこちから聞こえてきそうです。けれども、新たなきずな結びの芽も各地で出始めているようです。要は自分さえよければいいという気持ちから、何か人さまのお役に立つことをしようという気持ちに、一人一人がチェンジすることがまず第一歩。経済的に日本より貧しい国の社会では、そんな人たちがたくさんいます。お金より大切なものがあるのではないか。心ある人は気づいているはずです。人気者の早稲田大学野球部エース・斎藤祐樹の言葉、「僕は何かを持っているといわれますが、それは仲間です」が多くの共感を集めました。まず、自分の身の回りで新たなきずな作りを新年、できるところから始めてみませんか。
  

medical mates Aug 2010