日本では映画を見るといったら、邦画洋画を問わず、恋愛映画やアクション映画、はたまたSF映画やアニメ映画など、一言でいえば劇映画のことでしょう。ところが、欧米では街の映画館でドキュメンタリー映画を見ることも珍しくありません。ブッシュ大統領の再選を阻止する目的で作られたドキュメンタリー映画「華氏911」(マイケル・ムーア監督)が、2004年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画に選ばれ、カンヌ映画祭の最高賞パルムドールを獲得するなど、世界の映画界では現実の問題点をえぐり出すドキュメンタリー作品も高く評価される文化風土があります。日本では現在、多くのテレビ局がドキュメンタリー番組を製作、放送していますが、街の映画館で有料上映する例は少ないのが現状です。「ゆきゆきて、神軍」(原一男監督)のような戦争告発、「水俣―患者さんとその世界」(土本典昭監督)のような公害告発、という社会派の秀作はありましたが、毎年多くの人が映画館でドキュメンタリー映画を見るという状況ではありません。鋭い告発映画ではありませんが、このほど完成したドキュメンタリー映画に注目が集まっています。 21世紀のこれからを、どう生きたらいいのか。そのヒントを、けっして押し付けがましくなく、しかし、しっかりと伝える作品だからです。タイトルが「水と風と生きものと〜中村桂子・生命誌を紡ぐ」という2時間の大作。地球に生物が誕生して38億年。その間に生存してきたものの中に人間もいる。生きものみんな仲良く、この地球で生きていきましょうよ、という呼び掛けが風に吹かれて聞こえてくるような映画です。


中村桂子さん(79)といえば、東京大学で生物化学を学んだ“理系女”の理学博士。DNA研究から生きもの全般の「いのち」の研究へと進み、三菱化成生命科学研究所、早稲田大学などで研究・教鞭をとり、現在はJT生命誌研究館の館長を務めています。一般向けの著書も数多く出版していて、ファンもたくさんいます。人間は生きものであり、自然の一部ですを持論に、人々の生命観を大きく転換しようと静かに燃えています。映画の内容は、縦糸で中村さんの研究テーマ「生命誌」を追いながら、東日本大震災をきっかけに宮沢賢治の世界にひかれ、小さな生きもののいのちをしっかりと見つめる中村さんが、自然の中で共に生きていくという文明観をもった“同志”の方々との交流する姿を横糸で描いています。絵本作家の末盛千枝子さん、建築家の伊東豊雄さん、造形作家の新宮晋さん、民俗学者の赤坂憲雄さん、探検家・医師の関野吉晴さん、の5人と語らう中に、中村さん自身の命と主張が伸びやかに漂う構成になっています。好きな賢治の作品「セロ弾きのゴーシュ」を舞台で実演する姿は童女のようにも見えて、次第に人間という生きもののおごりや汚れが浄化されるようなさわやかさに包まれます。


撮影は13年から始まり、約2年かけて完成。企画製作した映像会社「メディア・ワン」の牧弘子プロデューサーは「生きものすべてがいとおしいという中村さんとお付き合いしているうちに、私もアリが踏みつぶせなくなっていました」と生命観の自己変革に驚く。47年間映像作りに携わってきた藤原道夫監督も「こういう内容の2時間ドキュメンタリー映画は私としても実験的作品で、日本、いや世界でも初めてでしょう」と言う。声高ではないが、随所に3.11東日本大震災後の日本の行方、針路へのヒントが隠しテーマのように埋め込まれている。「とくに、未来の子どもたちのことを真剣に考えている子育て中の若いお母さんたちに見てもらいたい」と藤原監督は願いを込めています。9月に東京・中野の「ポレポレ東中野」を皮切りに、大阪、名古屋など全国の映画館で上映予定という。




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