8月は盂蘭盆会(うらぼんえ)、旧暦のお盆にあたり、あの世に逝った親族を偲びながらお墓参りをする人が全国で見られます。また350万人もの戦死者を出した前の戦争にピリオドを打った終戦記念日も8月15日なので、猛暑続きの日々は私たちにとって何かと死者が身近に感じられる季節でもあります。「人は死んだらいったいどこに行くのだろう」。おそらく、地球上のどの民族もこの疑問に対する何らかの答えを神話などの形で創ってきたのでしょう。日本列島に住んできた大和民族は、地上の死者はその魂が白い鳥となって空中を浮遊したあと黄泉の国へと旅立つという物語を創りました。浮遊する魂を何とかもう一度肉体の中に戻して生き返らせようと、残された者たちが歌舞音曲で呼び戻そうとする「もがり」の儀式を死後何日間も続ける風習があったようです。古代人の創作した死と別れのセレモニーは、愛する人への思いやりに満ち満ちたものでした。


先日、日本人の平均寿命がまた更新されました。男性は80.98歳、女性は87.14歳とともに伸びました。よかった、うれしいという声よりも、本音は少々複雑な人も多かったのではないでしょうか。今や65歳以上の人口が全世代の約27%に達した日本は、4人に1人は老人という超高齢社会です。長生きを長寿として喜ぶよりも、長生きに伴う痛み、悲しみ、寂しさという新たな問題が出てきました。最近目立ってきたのが、60〜80歳代まで長く連れ添った夫婦が、配偶者を失った後も一人暮らしを長く営まねばならないという高齢社会特有の事態です。65歳以上で配偶者と死別した人数は1990年の560万人に対し、2015年は864万人と25年間で1.5倍に増えています。さらに少子化や核家族化の勢いが加速して、愛するパートナーの死後は独居老人と化す人数が急上昇しています。


長く人生を共にしてきた伴侶を亡くして独り身となった人の落ち込みは特に男性側に深く、「没後3カ月は酒を飲み続けた」「うつ状態になって苦しんだ」「妻の遺品は1年間手を付けられなかった」など、愛妻なき現実を受け入れられない日々が長いようです。作家の城山三郎さんも妻のいなくなった空虚感を味わい、遺稿エッセー集『そうか、もう君はいないのか』の中では辛い様子が描かれています。今話題の高齢者向け昼間の連続ドラマ『やすらぎの郷』でも、愛妻の葬式を済ませた男が翌朝ぽっくり病死した姿を描いた脚本家の倉本聰さんは、主人公(石坂浩二)に「理想的な死に方」と言わせています。ただ、いつまでも悲しみと寂しさと孤独感に落ち込んでいても仕方がない、残された人生を新たな仲間たちと切り開こうという前向きな動きも出てきています。2年前に設立された「没イチの会」。離婚経験者を「バツイチ」というのに引っかけた「ボツイチ」というネーミングで自分の境遇を明るくユーモラスに飾って、同じ立場の人たちと趣味や旅行で繋がって生きていこうというポジティブな活動です。立教大学のセカンドステージ大学で死生学を講義する小谷みどりさん(第一生命経済研究所主席研究員)と、配偶者を失った50歳以上の学生たちが結成しました。バツイチは選択ですが、ボツイチは逃れられない宿命。大きな喪失感からどう立ち直るか、長い老後をどう元気で生きていくか、孤独死大国から脱却できるか。没イチの会を起爆剤にして、さまざまな取り組みが今後出てきそうです。7月に105歳で亡くなった医師の日野原重明さんのように、死の直前まで多くの人とかかわりを持った生き方は没イチ族の理想です。明るく前向きな没イチという新人類こそ、地球を覆う超高齢社会の生き方見本として世界に誇れる存在になり得るでしょう。喪失の悲しみを生きる喜びに変える魔法、これもまたクールジャパンの一つです。




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