♪歌を忘れたカナリヤは〜 ♪からすなぜなくのからすはやまに〜 ♪月の砂漠をはるばると〜 ♪ぞうさんぞうさんおはながながいのね〜  この歌詞を見たほとんどの方がすぐに歌い出せることでしょう。童謡は心の奥深くのジュークボックスに貯蔵されている歌の宝石箱。子どものときに歌い覚えた数々の歌曲が大人になってもひょいと口をついて出てきて、あったかい気持ちになります。2018年はその童謡が誕生して百周年を迎えます。1918年(大正7年)に児童文学者の鈴木三重吉が児童雑誌『赤い鳥』を創刊して「子どもたちの美しい想像力や純粋な情緒を傷つけないで優しく育むような芸術性の豊かな歌や曲」を作ろうと呼びかけ、第一号の『かなりや』以降多くの創作童話が生まれました。もちろん日本には古くから子守歌、わらべ歌、民謡といった伝承歌がたくさんあり、明治時代には欧米の歌曲を取り入れた文部省唱歌も作られました。戦後に登場したテレビからは『おもちゃのチャチャチャ』『およげ!たいやきくん』などのヒット曲が続々生まれ、今ではアニメ―ション映画・ドラマの主題歌も含めて、童謡の世界を広くとらえるようになっています。


『赤い鳥』創刊日の7月1日を童謡の日と決めた日本童謡協会をはじめ、大小さまざまな組織・サークルが今年各地でコンサートを予定しています。記念書籍やCDも発売されます。80曲収録の「童謡誕生ストーリー」CD5枚組(ビクター)の監修をしたのが歌手のたいらいさおさん(64)です。NHKテレビ「おかあさんといっしょ」の3代目うたのおにいさんとして活躍した後、アニメソング歌手、童謡歌手として歌い続けて、今では各地の市民合唱団の童謡講師や洗足学園音大で童謡学を教えるほか、コンサート「童謡誕生ストーリー」も頻繁に開いています。「うたのおにいさんをやめた後、いい年をした大人がいつまでも童謡を歌っていていいのか、自分の立ち位置に迷った時期もありましたが、童謡の歌詞は時代も年代も超えた、人間に普遍的な生き方を歌ったものだと、その魅力がわかり、歌い続けております。短い歌詞でも歌い方で何色にも変わっていきます。例えば、北原白秋作詞・中山晋平作曲『あめふり』の♪ピッチピッチチャップチャップランランラン〜というフレーズも、単に子どもが雨降りを楽しんでいる情景か、その裏に潜む親を慕う心情か、はたまた濡れている友達に傘をさしかける思いやりの心か、どういうメッセージを込めて歌うのか、けっしてないがしろにできません」と深い世界を語ります。


そのたいらさんが、シュガーシスターズ(佐藤容子・寛子姉妹)、岩田瞳さんとともに歌うコンサート「童謡誕生ストーリー」をプロデュースしている音楽事務所「オフィス ルナピエナ」代表、望月芳子さんも日本の童謡の特徴を指摘しています。「イギリス民謡は大半が古くからの伝承曲です。子供の情操のために一流の作詞家・作曲家が新しい童謡を作ろうという運動を起こして数々の童謡を生み出したのは日本だけです。『赤とんぼ』の作詞者・三木露風の故郷、兵庫県たつの市では今も全国から詩を公募して優秀作品に曲を付けて、新作童謡を世に送り出しています。親子で歌える歌が少なくなった現在、4世代もが歌い継ぐ童謡は今では世代をつなぐ貴重な役目を果たしています」と話す。確かに、大みそか恒例のNHK「紅白歌合戦」を見ていても、はたして何曲が世代をまたがって歌われているのか、疑問でした。最後に、たいらさんはこう呼びかけます。「童謡は人の心に入って豊かでやさしい心を育てることのできる希少な音楽文化だと確信しています。『歌を忘れたかなりや』になったら日本の伝統文化は途絶えてしまいます。皆さん、一緒に童謡を歌い続けていきましょう!」




株式会社メディカルメイツ