「そんな施設ができたら、この青山という土地の高級ブランドイメージが下がってしまう」という反対意見も出たそうです。東京都港区が南青山地区に、昨秋「子ども家庭支援センター・児童相談所・母子生活支援施設」が入る複合施設を建設しようとしたところ、地元住民の一部から疑問や反対の声が出て、新聞やテレビで話題になりました。児童相談所とは現在大問題になっている児童虐待などの相談機関であり、一時保護することもありますが、反対者の頭には犯罪を犯した若者が収容される少年院と誤解している向きがありました。1月に始まった通常国会でも安倍首相が「児童虐待の防止」を福祉の柱としており、子ども福祉はいわば国策になっています。「困っている人に手を差し伸べる優しさを!」という声が一般の人々のすそ野にまで広がっていくでしょうか。日本社会の変質が問われています。


この種の騒動は都会では後を絶ちません。今年に入ってからも京都市で病弱や貧困で困っている人の住まいとなる救護施設を新設しようとしたら、隣接する向日市の住民から刑務所から出てきた人も入所するとなると不安だという声が出て、これまた説明会が炎上しかけました。救護施設とは、病気やけがで動けなくなった人に住まいと食事を提供するところで、昔から福祉施設の原点といわれています。生活保護を受けている人の多くも、まずは救護施設が受け皿となっています。借りたアパートで自立生活をするのが建前ですが、中には民間の劣悪な宿泊所に入れられ、住宅費・食費・生活費などを含めて生活保護費丸ごと取り上げられる貧困ビジネスの犠牲になる困窮者もいます。


困っている人にはできるだけの手助けをしたいという素朴な善意は、我々の社会には古くから根付いていたと思われます。古くは江戸時代から、あるいは明治・大正時代から現在も活動している各地の社会福祉施設は多くあります。その始まりの大半は、僧侶であったり、武士であったり、豪農や豪商、クリスチャンや社会事業家など、目の前の困窮者を黙って放っておけない使命感・正義感・義侠心の持ち主でした。今もその精神は多くの市民ボランティアに継承されています。ただ、景気が悪くなって、自分の生活に余裕がなくなるとどうか。「アメリカ・ファースト」を公約にした米トランプ大統領の影響力は世界に伝わり、ヨーロッパでは難民受け入れ拒否の波が襲い、世界的にも自分さえよければいいという風潮が広がってしまいました。庶民の胸の中にあった素朴な善意や他人を思いやる人情も紙風船のように軽くなってしまったのでしょうか。平成最後の冬の寒さが身に染みる今「寛容さが減ってきた世の中」「優しさが目減りした社会」「多様性を嫌う風潮」「異質を嫌悪する気分」「小さな違いを大きな差異とする分断思考」という時代の波とどう向き合ったらいいのか。一人ひとりの優しさの表現が試される時です。




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