今は「第4の産業革命期」と言われています。言うまでもなく、インターネットに始まるICT(情報通信技術)の飛躍的進化と、さらに未来に広がるAI(人工知能)による可能性です。ヒトとヒトだけでなく、ヒトとモノ、モノとモノとをつなぐ、そんな人類史上画期的な情報革命の時代を迎えているのです。こうなると、マスメディアの代表格だったテレビや新聞が途端に古くさいオールドメディアに見えてきて、やがて消えゆく運命のように感じられます。新たなものの出現は古いものを消滅させていく。これが歴史の証明するところ、と思いきや、メディアに限って言えば、すべてそうだとも言えません。1950年代にテレビが登場したときに、それまでのマスメディアの代表格だったラジオはやがて消えると言われました。ところが、ラジオは21世紀の今も生き残り、新たな存在意義を発信しています。


日本では今のNHKにあたる社団法人東京放送局(JOAK)が25年(大正14年)にラジオ放送を始めて以来、家庭に一台、娯楽の王様として長く君臨していました。45年(昭和20年)8月15日の玉音放送が、当時の家庭でのラジオの存在を象徴していました。戦後は民間放送局も参入して、ラジオ放送は全国各地で放送されるようになり、58年(昭和33年)には1481万世帯にまで普及、ピークを迎えました。この翌年、皇太子と美智子さん(今の上皇ご夫妻)のご成婚パレードをテレビが生中継したことから、テレビ受像機が一気に一般大衆の家庭に普及して、ラジオ斜陽の時代が始まったわけです。それでも消滅はしなかった。トランジスターラジオが出てきて、一家に一台から一人に一台の時代となりました。団塊の世代が中高生から大学生になった60年代には、深夜放送が青春の悩みや喜びを共有する若者の広場となり、ラジオの新しい存在価値が生まれました。音質の良いFMステレオ放送が始まると、クラシック音楽を録音するエアチェックが流行し、海外からのラジオ放送を聴くBCLブームも起こりました。でも、デジタルメディアが出始めた20世紀末にはラジオ離れが進んでいました。


日本民間放送局のAM(中波)と短波によるラジオ放送局(48社)の営業収入は688億円(2017年)、これはピークだった1991年の2041億円のざっと3分の1にまで落ち込んでいます。さらに老朽化したアンテナ設備の更新にかかる金額がハンパでなく、経営を圧迫する要因です。そこで民放業界は、2014年からAMと同じ番組を同時にFMでも流すワイドFM=FM補完放送を始めて、難視聴帯対策や災害対策として生き残りを図っています。FMの方が簡易で安価な設備で放送可能なため、大半のラジオ局がAM放送をやめてFA放送の一本化を求めて政府に要望を出していたところ、今年8月に総務省の有識者会議で認める方針が出されました。これで民放AM局47局がAM放送を停止してFM放送一本で行くことになりそうです。ただ、このワイドFM放送に対応するラジオ受信機の普及はまだ5割程度。急速に推し進めると、対応ラジオを持たない高齢者がラジオ難民になりかねない心配もあります。ラジオ深夜便などのように、聴く人一人一人に優しく語り掛けるのが特徴のラジオは、独り暮らしで孤独を抱える人が増えていく社会には、ますます必需メディアになっていく予感がします。膨大な情報倉庫のデジタル空間では感じられない、人間の肉声がかもし出す体温のぬくもり・こころの癒しが、ラジオ生き残りの生命線なのかもしれません。




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