全国初の条例化と聞いて、へえと思った人がいるかもしれません。埼玉県エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例が3月に成立し、今年10月から施行されるそうです。日ごろ利用しているエスカレーター。その何が問題なの?安全な利用ってどういう意味?いろいろ疑問がわいてきますが、簡単に言うと、エスカレーターの片側を歩いたり走ったりするのはやめましょう、という呼びかけです。なんだそんなこと、駅のアナウンスやポスターで何年も前からうるさいほど告知されているのに、という声が聞こえてきます。でも、それだけ繰り返されてきたということは、事態が改まっていない証しでもあります。都会の駅やビル内にあるエスカレーターでの事故は年間数百件もあり、じっと立っている人とその横をすり抜けて行く人との接触事故が最も多いので、片側歩行禁止のマナーを守ろうという趣旨です。条例というと、強制や罰則がすぐ思い浮かびますが、これは県や事業者にマナー徹底の周知・啓蒙を促し、一般利用者にはマナーを守ってもらうという、一人一人の自主性を重んじた内容です。


現実には、多くのエスカレーターで片側を急ぎ足で上がっていく(あるいは下りていく)男女の姿が見られるのが日常風景になっています。何が悪いの?と開き直る人や、接触しても転ぶ方が悪い!と毒づく人もいます。ここ数年の不寛容な社会、ギスギスした空気、キレル大人の蔓延・・・を見る思いですが、といって、こういう人を一方的に責めるわけにもいかない事情もあるのです。実は、以前は片側を通ることが推奨されていた歴史があったのです。そもそも、1914年(大正3年)に東京・上野で開かれた博覧会場に設置されたのが日本第一号のエレベーター。戦後の高度経済成長とともに鉄道駅を中心に増えていき、駅舎、駅ビルが高層化していく。67年、阪急電鉄のターミナル、大阪梅田駅が現在地に移った際、長いエスカレーターが設置され、じっと立つ時間が長くなると、急ぎの客がちょいと、すんまへんと片側をすり抜けるようになり、鉄道会社側もそれを認めて左側をおあけくださいとアナウンスし始めました。70年開催の大阪万国博会場でも、この方式が採用され、関西ではエスカレーターの左半分はあけておくものとのルールが定着しました。一方、東京ではバブル景気の80年代後半にできた千代田線新御茶ノ水駅のエスカレーターが1分以上の長さから、こちらは大阪と反対に右側をあけるスタイルが始まり、広まっていきました。現在では、危険防止、事故予防の観点から、鉄道会社や製造メーカーなど業界側はこぞって片側歩行はやめてキャンペーンを繰り返しています。


大阪は左側を歩き、東京は右側を歩く。では、そのあいだの名古屋は?というナゾナゾに、名古屋は真ん中!という笑い話があります。実際には、名古屋市営地下鉄が2004年から全国に先駆けて片側歩行の禁止と混雑時の2列並びを呼びかけて、マナーが向上したそうです。これが真ん中、王道の意味でしょうか。機械の構造からして、エスカレーターは歩くようにはできておらず、手すりに手を掛けてじっと上下移動するのを待つのが基本の安全スタイルです。障害者や高齢者の中には両方の手すりを持たないと体のバランスを保てない人もいます。目や耳に障害をもつ人たちがエスカレーターに乗っている姿をよく目にしますが、無言のままその脇を急ぎ足で通り抜けていく人を見ると、ヒヤッとします。といって、コロナ禍の今、エスカレーターにぎゅうっと人が詰まる状態もいけません。多様性とソーシャルディスタンス。ちょうどいい結実点があるはずです。全国初の条例化を機に、それをゆっくりと考えてみましょうか。それこそ、エスカレーターにじっと乗りながら。




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